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「あるようにある」ために選んだのが農村だった。マルチデザイナーの居場所のつくり方

0102坂本 大祐さん奈良県

配信日

坂本 大祐オフィスキャンプ東吉野 代表

デザイナー

2006年に大阪府堺市から奈良県東吉野村へ移住。行政と協同し「遊ぶように働く」がコンセプトのシェア&コワーキング施設「オフィスキャンプ東吉野」を2015年に開業、施設の仲間と「合同会社オフィスキャンプ」を設立。2018年には、全国のコワーキング施設運営者と共に「一般社団法人ローカルコワークアソシエーション」を設立し、開業サポートをしている。
*プロフィールは配信当時です。

コロナ禍では都市部からの人の流出が増え、我々は自然であること、「あるようにある」ことに回帰している。体を壊したことをきっかけに奈良県東吉野村へ移住し、地域に根ざすマルチデザイナーとして活躍する坂本大祐さんに、地方での仕事の仕方やその魅力について聞いた。

目次

多忙な日々のなか体を壊し、東吉野村へ

「デザインと名前のつくことはほぼ何でもやってきました」という坂本さん。そのキャリアで特筆すべきは、建築の学校を出ていること。その知見を活かせる建築デザインに、グラフィックやウェブ、アパレル関係の仕事をしたこともあるという。

そんな忙しい日々を過ごしていたところ、体を壊し、2006年に奈良県東吉野村へ移り住んだ。実は山村留学で中学校1年生のときに東吉野村で過ごしたことがあり、その縁で親が彼より先に移住していた。

集落は川に沿ってひらけている。かつて、この緑なす山々は村の基幹産業である林業の中心地であり、伐採した木は筏(いかだ)に組んで和歌山の方へ流した。川は地域の流通経路としてアクセスしやすくなっており、村の生活者のごく身近にある。

坂本さんは東吉野村に来て15年経つが、影響を受けるものが人由来のものではなくなってきていると強く感じるそうだ。 「都市だと木一つとっても誰かが植えたもので、人の脳みそのなかを歩いてるようなもんやと。でも地方ではふと目に留まるものが人以外の理のなかにあるもので、それが自分の強みになってるかなと。川なんて最たるもので、長い時間が経過したものをたくさん見るので、自分も瞬間的に過ぎるよりは、時間の経過に耐え得るものをつくりたいなと思ってるんです」

村のハブ的存在、「オフィスキャンプ東吉野」

シェア&コワーキング施設「オフィスキャンプ東吉野」は、国と県と村と坂本さんら移住者がタッグを組み、2015年に開業した。企画から建築デザインまで担当し、現在は坂本さんが運営もしている。新生児のいる移住者が働きやすい環境を、外からクリエイティブな人々に来てもらうきっかけを、というのがそもそもの動機だ。

「偶然の出会いから、移住や仕事、村の人との関係性づくりにつながっていったり、この場所がいろんな入り口になっています」

その後、坂本さんはオフィスキャンプ東吉野で出会った仲間と山村のデザイン事務所「合同会社オフィスキャンプ」を設立。同社では、奈良県をはじめ、日本全国からデザインや企画を引き受けている。

スキルが上がり、好循環が生まれやすい地方

坂本さんが都市でやってきたデザインは、グラフィック、web、ロゴというように担当範囲が切り分けられていた。予算や時間があれば細分化した方が効率がいいからだ。しかし地方ではそうしたリソースもなく、「新商品を売り出すにはどうしたらいいか」という抽象的なオーダーが多いため、必要なものを具体化し、そのすべてを引き受ける。デザインの専門家としての解像度の高さだけでなく柔軟さが問われるのだ。

「できないものは外注するとか勉強しながらやるという方法もありますし。本来デザインっていうのはすべてのものがつながって最終的に形になるはずで、単にアウトプットをつくるだけの行為ではないんだってことを実践で学びました」

合同会社オフィスキャンプでは営業はしていないが、「東吉野といえばオフィスキャンプ」という認知度になっている。地方では必要な母数に対してデザイナーの数が少ないため競合他社がほぼおらず、都市部と同じことをやっていても目立ちやすいという。

また、デザインにかけられる時間が増え、地方ならではの口コミの強さで一つの仕事からいろいろな仕事につながりやすいのも魅力とのこと。良いデザインを提供しクライアントの事業が良くなり、また発注してもらうという、自然で健康的な循環も生まれやすいようだ。

オフィスキャンプの多様な仕事

ここで、合同会社オフィスキャンプが手がけた、多岐にわたる仕事の一部を見てみよう。

「ローカルデザインの流儀を学ぶ」 – 奥大和クリエイティブスクール

奈良県とともに取り組んだ事業。奈良県奥大和地域のクリエイティブをより良くしていこうというコンセプトの連続講座で、講師の選定などの企画とクリエイティブ全般をオフィスキャンプが担った。講師として中川政七商店の中川政七氏、ライゾマティクスの齋藤精一氏らも参加。

GREEN PAPER

坂本さんたちが住んでいるエリアは「大台ヶ原・大峯山・大杉谷ユネスコエコパーク」に登録されている。それを広く啓蒙するための冊子を地域の人たちでつくってほしいというオーダーが環境省からあり、編集から企画までほぼすべてを社内メンバーが行っている。

奥大和ビール

東大和村の隣、宇陀市のクラフトビール店の案件。店名、ロゴ、パッケージ、フライヤー、坂本さんならではの店舗デザインまで一貫して引き受けた。店舗奥にビールをつくるブリュワリー、手前にビールを飲めるタップルームがあり、その横はゲストルームとなっている。

マンションのリノベーション

新大阪にあるマンションの一室をすべてリノベーションした案件。クライアントはオフィスキャンプ東吉野の利用者で、実際に坂本さんが手掛けた施設を見て依頼してくれたのだそう。


good cycle ikoma

奈良県生駒市のプロモーションサイトのリニューアル。行政の言語も分かるデザイナーということで、過去に行政との実績があるオフィスキャンプへ話が来た。「発注の多くが東京や大阪などの都市部に流れてしまいがちですけど、それをもっと近い我々とやりましょうって変えていけたら仕事はたくさんあって。それを望んでるクライアントも多いので、他のデザイナーもまだまだいけると思います」と坂本さん。

「自然」に暮らし、働く

次なる社会のテーマは「あるようにある、自然(じねん)みたいなこと」だと坂本さんは言う。

「本来だったらこうですよねっていうことを取り戻していくのが、コロナ後の時代の大きなテーマになるんじゃないかと思っています。都市も面白いけど、自分は農村が心地良いから住む。都市に対して地方の価値を50:50ぐらいに、お互いに補完するような関係になると良いですね。これからも先達として移住者のサポートをし、地方に暮らす流儀のようなものを伝えていきたいと思っています」 「自然」は人それぞれのなかにあるはずだが、目まぐるしく過ぎていく日々のなかではついないがしろにされてしまう。そこで一旦立ち止まり、今いる場所や状況は自分らしいのか、長く続けていけるのか再確認してみる。もし農村やマルチデザイナーというあり方に惹かれるなら、オフィスキャンプ東吉野を訪れてみてもいいかもしれない。